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[海峡両岸論] 矛盾だらけの「インド太平洋戦略」 行き詰まる日米機軸と中国包囲<岡田充>

第94号 2018.09.01発行 by 岡田 充

「外交の安倍」の目玉とされる「自由で開かれたインド太平洋戦略」(以下「戦略」)が機能不全に陥っている。まず、頼みのインドが「対中包囲網」の形成に冷淡なこと。さらに安倍が意欲を見せる対中関係改善が進めば「対中包囲網」(対中けん制)の性格は曖昧になり、米中貿易戦が長引くと、米中間の「板挟み」に遭う。自己矛盾に満ちた安倍外交の典型がこの「戦略」である。「戦略」の核心的理念である「日米安保基軸」と「対中包囲」思考の限界は明白であろう。これを見直さない限り、安倍外交に出口はない。

経済協力と安保の両面政策
 中国の「一帯一路」構想に“対抗”して安倍が「戦略」を打ち出したのは二年前だが、その内容を知る人は少ない。政府関係者ですら、目的と内容をクリアーに説明できないのだから、当然かもしれない。
「戦略」は2016年8月末、ケニアで開催されたアフリカ開発会議(TICAD)=写真 首相官邸HP=で、安倍自身が明らかにした。それは二つの部分からなる。外務省のHPによると、第一に、東アジアから南アジア~中東~アフリカに至る広大な地域で、日本を軸にしたインフラ整備、貿易・投資、開発、人材育成を進める広域的な経済・開発協力プランである。
「一帯一路」を意識しているのは一目瞭然である。
第二は安全保障。「両大陸をつなぐ海を平和なルールの支配する海」にするため「インド、同盟国である米国、オーストラリア等との戦略的連携を一層強化する」と、中国けん制のため「日米印豪四か国」の安保連携を訴えた。
海洋進出を強める中国を意識し、日米同盟を基軸により広域的な「対中同盟」を形成しようとする意図が読み取れる。

AIIBに積極関与のインド
この「戦略」を携えて安倍は17年9月にインドを訪問、モディ首相との首脳会談で「中国の海洋進出を念頭に、米国を交えた安全保障協力を強化する方針を確認した」(共同通信)。さらに18年3月、来日したインドのスワラジ外相に対し「インドは(戦略の)最重要パートナー」と持ち上げた。今年後半にはモディの来日が予定される。
中印両国は昨年、ブータン国境地域のドゥクラムで二か月以上も軍同士がにらみ合った。領土紛争とインド洋をめぐる中国との確執など、インドと中国の対立要因は数えきれない。インドを、インド亜大陸とアフリカ大陸をつなぐ「戦略」の柱に据えたい日本の熱意はよくわかる。
しかし、ことはそう簡単ではない。インドの対中姿勢は、日米両国が考えるほど単純ではない。一言で表せば「是々非々」。インドは「一帯一路」を支持していない。宿敵パキスタンと領有権で対立するカシミール地方に「一帯一路」案件が及んでいるためである。
その一方で、中国主導の国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)には加盟し、ことし6月にはムンバイで第3次年次総会を開催、モディ首相は「アジアの安定した経済成長にむけ、インドはAIIBとともに積極的にかかわっていく」と述べた。
2015年に57か国で創設したAIIBは今や、日米主導のアジア開発銀行(ADB)を上回る87か国に増えた。インドは中国に次ぐ出資国であり、AIIBが承認した融資25件(6月初め現在)のうち、インドは6件と四分の一を占める。融資額は約12億ドル(約1320億円)に上り、インド政府関係者は「インフラ整備にAIIBは不可欠」と言う。
中国の「一帯一路」のインフラ建設資金の源はAIIBではない。政府系の国家開発銀行や、国家ファンドの「シルクロード基金」など、別の“財布”を使っているのだ。なぜか。一帯一路推進に、AIIBを露骨に使うことに批判が起きるのを避けるためとされる。ムンバイ年次総会に参加したある日本の金融関係者は「国際金融機関としての地位を確立していけば、日本や米国は未加盟のままでいられなくなるだろう」と、共同通信記者に語っている。

「是々非々」の対中姿勢
AIIBだけではない。インドは中ロ主導の「上海協力機構」(SCO)にも2017年、パキスタンとともに加盟した。さらにブラジル、ロシア、インド、中国、南アの新興5カ国(BRICS)首脳会議のメンバーでもあり、米一極支配には与しない多極化の担い手でもある。
 この数年のうちに、人口で中国を抜く大国インドの役割を、中国も重視している。昨年秋以降、両国首脳は厦門、武漢、青島で会談を重ねた。特に4月の武漢会談では、習近平とモディが博物館で古代の鐘を突き、東湖で舟遊びまでした(写真 武漢・東湖湖畔で会談する中印首脳)。両国は、領土問題は「棚上げ」し、対話を維持しながら経済関係を強化することで一致している。
モディは5月にシンガポールで開かれた「シャングリラ対話」では、南シナ海問題で中国非難の発言は避けた。日米にとって「対中包囲」のあてが外れたのは間違いない。
インドの外交スタンスは分かりにくい。1980年代後半に駐インド大使をつとめた野田英二郎氏に聞いた。彼は「1947年の独立以来、一貫して『非同盟』の基本路線を守っています。つねに自国の実利実益にかなうか否かを自主的に判断して、外交政策を決定している。流動化する今の国際情勢のなかで、そのメリットは顕著です」と分析する。
他国と同盟を結ぶことには関心がなく、自国の実利に沿って判断する「是々非々」というのだ。一方、安倍外交について野田は、日米機軸外交はインドからも「対米従属」とみなされているとし「日本の発信力は低下する一方。中国包囲網への協力を呼びかけられても同調する可能性はほとんどないでしょう」と答えた。インドと共に中国包囲網を築こうとするのは「戦略的誤算」ではないか、ということだ。

対中改善と「対中けん制」の矛盾
安倍政権は、日中関係改善の切り札として、「一帯一路」への条件付き協力に舵を切った。5月の李克強首相との首脳会談の際に安倍は「日中は協調の時代に入った」と述べ、北京も姿勢転換を歓迎した。それとともに対中包囲網としての「戦略」の目的は曖昧化している。「一帯一路」への協力にもかかわらず、返す刀で包囲網強化を続ければ、北京の信頼は得られなくなる。そこで「戦略」のうち、安保と経済を切り離す「政経分離」を図った、というのが筆者の見立てである。
途上国向けの開発援助やインフラ整備事業で、「一帯一路」とマッチングすれば中国と協力する。しかし南シナ海やインド洋では、海上自衛隊の護衛艦を長期派遣して事実上の「哨戒活動」は継続。フィリピンやベトナムなど中国と領有権争いをする国に中古巡視船を供与し、対中けん制は継続―という使い分けである。
しかし「日本を軸にした広域的な経済協力構想」は、資金力で勝る中国の「一帯一路」の陰に隠れ、日本の役割は見えづらくなるだろう。肝心のインドを欠いた安保構想だけになるとすれば、果たして「戦略」と称するに値するだろうか。
安倍は10月末の日中平和友好条約締結45周年前後に向けて訪中し、習近平の2019年初来日につなげるシナリオを描いている。だが、中国の主要な関心は日中関係にはなく、トランプ米政権との「貿易戦争」にある。両国による高関税の応酬はエスカレートする一方。戦後の「自由貿易体制が曲がり角を迎えているかもしれない」(中国経済専門家)との危機感すら生まれている。米中両国は、激しさを増す「パワーシフト」(大国間の勢力移動)を有利に展開するため、北朝鮮と日本を取り込もうと綱引きを演じる。

何をしたいの?
戦略のわかりにくさは、安倍政権を支える研究者も共有している。田中明彦・政策研究大学院大学学長は、外務省発行の隔月刊誌「外交」(2018年Jan/Feb)で「全体像を示した戦略文書を早期に公表することが望ましい」と提言した。「戦略の全体像」がみえないと言っているのだ。
この3月まで外務省地域政策課に出向していた相澤輝昭(笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員)も、同財団HPで「現状では(同戦略は)理念先行の感があり、これを主導する日本政府、外務省が実際には何をしようとしているのか、その実践の部分がなかなか見えて来ない」と率直に書いている。
安倍自身、ことし1月の施政方針演説で「(「戦略」の)大きな方向性の下で、中国とも協力して・・・増大するアジアのインフラ需要に応えていきます」と、「戦略」と「一帯一路」の“コラボ”に言及した。対中けん制の「イメージを打ち消そうとするかの発信が目立っている」(相澤)のだが、そう言えば言うほど、「戦略」の曖昧さが増す。
中国の経済規模が日本の三倍になろうとする現在「中国包囲などというのはそもそも無理な話」と、ある外務省高官は言う。
安倍は6月11日、東京での講演でインド・太平洋地域のインフラ投資を支援するため、今後3年間で500億ドル(約5兆5千億円)規模の資金を提供する枠組みを、国際協力銀行(JBIC)に設けると明らかにした。「戦略」発表から2年、具体的な金額が示されたのはこれが初めて。なんとなく、身内からの批判をかわそうとする弥縫策のようにみえる。

軍事力対抗は愚策
日米中の三角形で、「米中対立」と「日中改善」という、相反するベクトルの外交が進行している。米中対立が長引けば、安倍は「板挟み」状態になるだろう。北京もそこを突き、日米離間を狙って「友好」カードを切ってくるかもしれない。
安倍「戦略」の最大の問題は、その核心的理念である「日米安保基軸」と「対中包囲」思考にある。この二点が外交の選択肢を狭め、「出口」を塞いでいるのだ。
「中国との関係改善こそ日本がとりうる唯一の選択肢です。アジアインフラ投資銀行(AIIB)に日本は参加すべきだし、軍事力を強化して対抗していくことは賢明な策とは言えません。歴史認識をめぐる対立も解消しておいた方がいい」
こう言うのは、反安倍の学者でも野党政治家でもない。中国の「国家資本主義的手法」や「強権体制」に批判的な米国際政治学者イアン・ブレマーが「朝日」とのインタビュー(8月22日付朝刊)で語った内容である。
その彼ですら、「日米機軸」という名の対米追従外交と中国けん制は日本の利益にならないとみているのだ。国際政治の構造が揺れ動く現状をみれば、しごく当たり前の提言であろう。

「いずも」空母化の狙い
 自己矛盾の中で安倍は、安保と経済を切り離す「政経分離」を図った、と書いた。繰り返すが、南シナ海やインド洋では、海上自衛隊の護衛艦を長期派遣し、トランプ政権の「航行の自由作戦」を補完する事実上の「哨戒活動」を展開。フィリピン、ベトナムなど中国と領有権争いをする国に対しては、中古の巡視船を供与し対中けん制を継続するのだ。
中国は、安倍政権が進める大型護衛艦「いずも」(写真 海上自衛隊HP)の空母化に神経を尖らせている。「いずも」は、全長248メートルの全通式甲板を備え、対潜水艦を主任務とするヘリ搭載護衛艦で、海上自衛隊は同型護衛艦を4隻保有している。敗戦で旧帝国海軍の空母機動艦隊が解体されたため、空母保有は自衛隊にとって「悲願」でもあった。
空母化への改修は、甲板の塗装を変えて耐熱性を上げるだけで、F35B最新鋭ステルス型戦闘機を搭載できるようになる。元防衛省高官は「安上がりで手っ取り早いが、果たして意味があるのか?」と、実現には懐疑的だ。しかし防衛省は4月末、F35Bの発着や格納が可能かどうか「いずも」の能力向上に関する調査内容を公表した。自民党は5月、今年末に策定される新たな「防衛計画の大綱」(防衛大綱)と中期防に向け「多用途運用母艦」の早期実現を図る提言をまとめた。空母化は現実味を帯びている。
空母化の狙いは何か。まとめると
① 南西諸島海域に展開し中国軍の動向を牽制
② 島嶼部の空港を奪われた場合、海上に戦闘機の運用拠点を確保
③ 米軍の後方支援を目的に、甲板で米軍のF35B戦闘機の発着艦などを想定
などである。
いずれも中国の海洋進出や北朝鮮有事を想定している。

専守防衛逸脱と批判
「空母」保有は、憲法9条に基づく「専守防衛」から逸脱しないか。それに加え、米軍の戦闘行動と自衛隊の活動の一体化を懸念する声もある。特に③の「米軍後方支援」に関して、防衛省が発表した「いずも」の能力向上に関する調査では、日米による「空母共同運用」を想定していることが明らかにされている。
日本政府はこれまで「攻撃型空母の保有は許されないが、防衛のための空母は持ち得る」との見解を示している。立憲民主党の枝野幸男代表は「なし崩し的に専守防衛を超えるような装備が進んでいる」(6月3日、山梨県)と批判し「実質的な改憲が進んでいることを危惧しないといけない」とも語った。
中国のネットメディア「観察者網」は3月、「空母は攻撃型兵器。攻撃型兵器は武力で国際紛争を解決する準備に当たるから憲法9条に違反」とみる中国軍事専門家のコメントを掲載した。
米軍後方支援と共同運用については、集団的自衛権行使を認める安保関連法の整備に着目すべきだろう。朝鮮半島有事など「重要影響事態」が起きた際、自衛隊は戦闘中の米軍に対し、従来は禁じられていた①弾薬の補給②戦闘作戦のために発進準備中の航空機への給油と整備-が行えるようになった。空母保有によって、機動的にその役割を果たすことができるようになる。

哨戒活動と同様の効果
空母化とともに中国が懸念するのは、「いずも」などヘリ空母を、2016年から南シナ海とインド洋に長期間派遣してきた活動である。海上自衛隊は16年に「いせ」を南シナ海に投入。17年は「いずも」を南シナ海とインド洋へ3か月間長期派遣、日米印の共同訓練「マラバール」に参加させた。ことしは「かが」など3隻の護衛艦を8月26日から10月末までの2カ月間、南シナ海とインド洋へ派遣。米国やインドなどの各国海軍と共同訓練する予定である。
中国の南シナ海問題の権威、南海研究院の呉士存院長は17年に来日の際「南シナ海沿岸国への訪問やインド軍との軍事演習が、日本の軍事プレゼンスの恒常化を意味するなら、対抗措置を検討せざるを得ない」と、強く警告した。
自衛隊は、トランプ政権が期待する南シナ海での定期的な哨戒活動は見送ってきた。しかし護衛艦を長期派遣し艦載ヘリが離発着訓練を繰り返せば、実質的には哨戒活動と同様の役割を果たせる。西原正・防衛大名誉教授は「南シナ海で米豪が実施している航行の自由作戦のように、日米豪印が中国の動きを牽制する行動をとるのが望ましい」(「産経」8月22日朝刊)と主張する。
インドへの「安保外交」は必ずしもうまくいっていない。小野寺防衛相は8月末、インド、スリランカ両国を訪問し「海洋進出を活発化させる中国への警戒感を背景に、両国で防衛協力強化を打ち出した」(共同通信)。ここは正確に「両国に対し、防衛協力強化を要請した」と書くべきであろう。重要なのは両国側の反応だが、記事はそれに触れていない。日本の要請に両国はもろ手を挙げて同意したわけではないのだ。インド、スリランカ両国は、中国との経済協力を重視し「対中包囲網」の形成に協力したと、とられたくない。
スリランカでは、南部の重要港湾ハンバントータ港の運営権が中国企業に99年間貸与されることになった。同国防衛相との会談で小野寺は、中国を名指ししなかったが「自由で開かれた港の使用が重要」と述べた。スリランカと中国の経済関係は厚みを増す一方で、中国と敵対できない。
インドでは、物資や役務を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)締結への協議開始で一致した。しかしモディ首相は小野寺と会った翌21日、中国国防相と会談し「印中関係は世界の安定に欠かせない」と述べた。「政経分離」を図ったものの、「対中安保」色を出せば、中国との外交、経済的な関係から各国の思惑に反しかねない。これはASEANを含む多くのアジア諸国が共有する立場である。

「70年談話」同様のパッチワーク
 日中関係に詳しい上海国際問題研究院の呉奇南・研究員は5月の日中首脳会談の直後、上海で筆者に対し「安倍首相は両国関係について、競争から協調の時代に入ったと述べたが、関係改善の道のりは平たんではない」と疑念を口にした。その理由として彼は「いずも」の空母化と、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画を挙げ、「いずれも中国をにらんだ動き」と位置付けた。
安倍外交への中国批判は激しいわけではない。米中貿易戦争が長期化する可能性が高まる中、中国が「自由貿易体制」を旗印に、日本を含む多くの周辺国を味方につけたい思惑が働いているかもしれない。先の「観察者網」は「空母化してもF35Bを十数機搭載できるだけ。この程度の攻撃力では人民解放軍の優位性は崩せない」と強気だ。中国の懸念は「空母の実力」にあるのではなく、安全保障環境の変化にある。空母化と護衛艦派遣はその象徴である。
「インド太平洋戦略」が直面する自己矛盾を整理してきた。ここまで書いて、ふと頭に浮かんだのが「戦後70周年の首相談話」(写真 談話発表を報じる「産経」号外)である。談話は、「侵略」「植民地」「お詫び」の三本柱からなる村山談話を継承すべきという内外世論に押され、これらの文言を盛り込んだ。しかし「侵略」「植民地」については、「誰が」の主語がない上、「植民地」に関しては「誰に」という目的語も抜け落ちていた。
おまけに「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」と、「靖国史観」そのものの表現すら使った。つぎはぎだらけの「パッチワーク」の文章。多くのアジア人の心に全く響かない声明だった。
その原因は、首相として「主流民意」にはあらがえない現実主義と、「日本会議」など右翼イデオロギーを同時に満たしたい願望があるからではないか。「インド太平洋戦略」もまた、対中関係改善という現実主義が、「日米機軸」「対中包囲」イデオロギーとの間で「股裂き」に遭い「機能不全」に陥ってしまったのだ。
(了)

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