論稿「東論西遊」

[一水四見⑺]日中関係の将来と日本人の自覚<村石恵照>

日中関係の将来と日本人の自覚

2019.6.19 村石恵照

かっては閉じた大陸帝国であった中国の経済活動は現在、万里の長城を超えて世界に拡大している。その拡大はGNPに換算される西欧が築いてきた産業的発展である。

一方、西欧文明は、いまだに植民地支配の負の遺産を清算できないまま、自らの領域で格闘しつつ発展途上 国に影響を与えつづけている。未だに西欧が22世紀の世界ヴィジョンを描けない現在、今後中国は世界に どのような文明的恩恵を与えて世界から名誉ある評価をされるのだろうか。

かって海外へと拡大的帝国主義をとった列島国のイギリスと異なり、中国は、始皇帝において万里の長城で 具体的に帝国の版図を規定し、文明的には漢字文化圏を打ち立てた漢民族中心の国家体制を造りあげた。そ のため、多民族国家とはいえ、中国は漢民族を中心とする国内秩序の維持を最優先する閉じた帝国的治安体 制をとってきた。

そこに西欧の政治思想である共産主義体制が導入されてきた。そのために海外からの新しい文化的思考に柔 軟に対応できにくい様々な古い因習が蓄積される体制になっている。

この点、“柔軟思考”の「和」の文化国家である日本は、西欧の文化と技術を巧みに摂取してきた。明治初頭 に政治の中枢にあった伝統的和服姿の天皇は、わずかの期間に洋装へと衣替えして、国民の気分が入れ替 わっていったのも “柔軟思考” の結果である。

鄧小平は「一国二制度」を導入したが、文明的観点にたてば、古代史において中国文明圏はすでに意図せず して「一文明(広義の中華文明)二文化制(中国大陸文化と日本列島文化)」を実現していたのである。 中台関係も「一文明二文化体制」とみなすこともできる。

中国の国土の半分以下の欧州が多数の国に分裂し最近(ユーゴスラビア内戦)まで戦争をしてきた歴史的状況をみれば、古代からつづく中国が今後とも一国としてまとまってゆくことは大変な難事業である。

ただし、一国二制度には強制的な主従関係があってはならない。「徳は孤ならず。必ず隣あり。」(「論 語」里仁)の精神を遵守すべきで、政治的拙速行動をとれば、分断統治の状況が維持される可能性がある。

民衆の生活の安定と向上を目指す中国の優秀な識者らは、儒教(「多」の秩序哲学)・老荘(「個」の自由 理念)の二道に加えて中国仏教の叡智をもって中国国内での「一文明二文化制」の智慧を導入して、拙速を 避けつつ民情の安定を計るべきであろう。

中国文明を吸収し開発、発展させて日本文化をつくりあげた日本は、中国と恊働して新しい日中文化をつく る可能性を探ることができるのではないか。

今後日中の指導者たちは、以下の条件をしっかりと認識して欲しいものである。
(1)日本が「和」を国是とした国である。
(2)日本は2千年におよぶ中国大陸との関係を持っている。
(3)古代文明を現在まで維持している中国文明には負の遺産が多々あるが、豊かな潜在的文化資源が未開
発であり22世紀の世界の文明に貢献し得る。
(4)しかし地政学的に言えば日中関係は、最も大きな枠組みから見ていけば、歴史的な流れにより、日本>台湾>香港で3段階に多重的に分断されている。朝鮮半島を加えれば多重分断はさらに複雑に成るが、「転悪成善」の知恵を発揮する好機である。

上記の認識の下に、両国は“善民交流”のもとに、特にアジアと西欧の若者をも交えて22世紀に向けてアジ アのヴィジョンを語りあうべきである。

EU28カ国は外国の領土において、いわば戦争に泥んだ国家群である。EU諸国の一部はアジア、アフリカ を侵略し植民地化した国々であるから、日中両国がE Uの共通歴史書のような共通の歴史教科書をつくることは困難だろう。日中の学者たちでまず学習すべきは、日中史ではなく、世界史と世界史の中のアジア史と を総合的、客観的に研究することである。その過程で世界文明史的立場で自らの文明を相対化して観ること ができるだろう。

最後に、世界における「和」国の理念を尊重する日本人として、英語で東洋の立場を世界に発信する重要 性を指摘し、漢文の素養が大切であることを強調する仏教者・鈴木大拙の言葉を引用したい。
「自分は世界人としての日本人のつもりでいる、そうし た日本に―東洋に―、世界の精神的文化に貢献すべきも のの十分に在ることを信じている。・・・西洋文化の精 神を体得することは中々容易なことではない。日本文化 のみが保存に価するものだと考えたり、西洋文化は、物 質的だ、経済的だ、政治的だとのみ考えたりして、今度 の戦争を起こしたような人たちには、到底わかるもので はない。・・・それからまた日本は敗けた、アメリカは えらい国だ、何でも彼方の真似さえして跳ったりはねた りして行けば、若いものの能事畢れりとすまして行くも のが多くなったら、これまた大変だ。要するに、東洋で も西洋でも、政治の機構は自由を主としたものでなくて はならぬ、そうしてこの自由の出処は霊性的自由であ る。」(鈴木大拙「明治の精神と自由」1947年)
(2019.06.19.記)

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