論稿「東論西遊」

[一水四見⑹] 中国は伝統文化の育成をめざせー ヤン・リーピンの至芸を観て想う<村石恵照>

中国は伝統文化の育成をめざせー
ヤン・リーピン(楊麗萍)の至芸を観て想う

2019.3.14  村石恵照

現在、中国は、地域経済協力としてのシルクロード経済圏(一帯)と21世紀海上シルクロード(一路)なる壮大な夢の構想を実践しつつある。

これは2500年余の中国文明の初めての世界進出の体験である。

そこで、西欧的価値観に支配された世界の各地で、予期せぬ意図せぬ、様々な困難、誤解、曲解などに直面することだろう。現に世界的覇権競争のごとく、米中対立は様々な形で行われている。

しかし、過去二千年来世界中に植民地を拡大してきた西欧支配勢力のパクスローマーナの下で、世界的に定着されてきた様々な文化価値や法治体系に比べて、中国は中国人以外の人々を魅了する文化的営為を世界に示していないのが実情である。

これは偉大な発展途上国の中国として現在のところ致し方ないところであるが、やがては中国的文化価値で、しかも世界の人々を魅了する普遍的価値のある文化活動を提示しなければならないだろう。

そして世界の現状は、パクスローマーナの攻勢的情念を強化された状況で受け継いだ、伝統文化の欠如した移民国家であるアメリカが世界の軍事・政治・経済を主導している。

このような中で、世界は今、価値観、人生観、倫理観が無秩序状況にあり、人々は夢が見いだされないままに置かれている。

そこで中国に期待するところがあるとすれば、人権とか自由とか法治とかを観念的に論議するのではなく、中国は、具体的に伝統と家族主義の重要性を国家的倫理目標として世界にしめすべきである。

矛盾するようだが、中国の共産主義体制は、そのような伝統と育成する安定した国家機関として機能すればよいのである。

そして、それぞれの国が自らの伝統を尊重することを奨励し、中国は決して中国的伝統を外国に押し付けないことを様々な形で表明すべきである。

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中国の様々な形の豊穣な伝統はほとんど未開拓のままである。

卑見をのべれば儒教には、すぐれた人格育成の叡智はあるが、自由な文化的創造を生み出す要素は少ないと思う。

まず老荘が、西欧には無い中国的精神文化に独特の豊かな思想の可能性があると思うが、忘れられてはならないのは、中国が多民族国家であり、多くの少数民族の芸能にすばらしい文化的創造力があることだ。

その典型的成功例がヤン・リーピン(楊麗萍)の舞踊である。

ヤン・リーピンは、雲南省大理出身の少数民族・白族出身で中国国家一級芸術家。

彼女の至芸に魅せられたのは2011年4月6日、渋谷の Bunkamuraオーチャードホールでの講演「クラナゾ・蔵謎」を観た時だ。

これはチベットに古くから伝わる伝説で、五体投地してラサを目指す一人の老女が三年の巡礼の中で見聞きしたチベット族の歌、舞踊、宗教儀式、伝統的祭りなどが舞台上で展開される。

ヤン・リーピンはチベット文化を掘り起こし、輪廻転生の精神的世界を芸術的に再現したと言われる。
漢人の儒教文化とはまったく異質の芸術表現である。

“チベット問題” については、錯綜した情報が世界に定着しているようだが、ここでは論じない。

ともかく「クラナゾ・蔵謎」に魅せられて、2016年4月9日に、同じくBunkamuraオーチャードホールで「シャングリラ」を観た。

そして今年2月23日、同劇場でヤン・リーピン演出の「覇王別姫(はおうべっき)」を観た。

「覇王別姫」は、項羽と劉邦の戦いの大きな歴史的状況の中に、項羽と彼の寵姫・虞美人の壮絶な悲哀物語が織り込まれている。

ヤン・リーピンによる舞台演出は想像を絶するもので、開幕前から舞台に向かって右端に、大量の紙の山を前にして鋏でひたすら紙を切り続ける女性が座っている。
開幕すると、天井には2万本といわれる裁ちバサミがぶら下がっている。
それらが上下する中で、戦いがあり、悲哀が演じられる。

フィアンシャルタイムズ紙は “息を呑むほど美しい”と絶賛し、ザ・ガーディアン紙は “かって、これほどまでに美しい舞台を観たことがあろうだろうか” と賛嘆した。

ヤン・リーピンの至芸を観て、 中国が世界のあこがれの文明として評価されるには、 日本人も同様であるが、 中国人自身は深く金満家思考を自戒して、大衆の精神的安らぎと安定した生活である「小康」社会の漸進的充実に協力してゆくことが大切である。

安定した小康社会なくしては、伝統文化の育成もできないが、東洋の伝統文化に西欧的政治性を帯びたイデオロギーはないから、官僚的な介入は必要ない。

ヤン・リーピンの至芸を観て、そこには、歴史のロマンと大地に根ざした伝統を感じた。

そして一帯一路の夢は、緒に就いたばかりである。

 

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