論稿「東論西遊」

[時代刺激人]安全運転経営でデジタル革命時代を乗り切れるか、他<牧野義司>

<時代刺激人コラム>307
2019 年 6月 10日   経済ジャーナリスト 牧野義司

安全運転経営でデジタル革命時代を乗り切れるか

米写真フィルム大手コダックが、デジタルカメラのフィルム侵食を楽観視し企業破たん に追い込まれた、という事例をもとに、私は前回コラムで、デジタルイノベーションが既 存企業に及ぼすデジタル革命の厳しい現実を取り上げ、危機対応を強くアピールした。その際、コダックと対照的に、富士フイルムが、時代の先を見据えて強い危機感を持っ たカリスマ的経営リーダーのもとで、光を記録するというフィルム技術のコア部分を残す 一方で、化粧品や医薬品などの「第2の創業」を創出、見事に危機を克服した事例を紹介 し、今後を考えるうえでのヒントになる、と問題提起した。そのキーポイントは、安全運 転経営ではデジタル革命時代を乗り切れない、ということだ。

「『巨大装置産業』化した企業に新陳代謝を」

前回コラムでのデジタル対応の問題に対し、危機感を共有する方々から、とても参考に なる問題提起が数多くあった。いくつかを紹介させていただこう。いずれも卓見だ。「デジタル化のスピードは、とてつもなく早い。その危機感が足りないように思う。東 日本大震災時の津波映像を見ていて最初、さわさわと来たと思ったら、あっという間にど かんとやってきた。デジタル化はあんな感じでやってくる。危機対応がすべてだ」「日本企業は今や『巨大装置産業』になってしまっている。巨大組織が変化に機敏に対 応できる状況になっていない。過去のビジネスを完全に捨て、新ビジネスを立ち上げるの が難しい構造だ。だが、デジタル化対応という点で新陳代謝が起きないと多くの日本企業 が、米国と中国のプラットフォーマーの『下請け小作人』という状況に陥りかねない」「企業変革のカギは、過去の成功体験といかに離別できるかに尽きる。課題解決型の製 品サービスから脱却しグローバルレベルの課題をまず見つけ、それを解くために旧来とは 比べ物にならないスピード感で他社と協業、オープンイノベーションを起こせるかだ」

ある大手企業の驚くべき現実!!こういった話に水を差すような事例を持ち出して恐縮だが、最近聞いたある大手企業の 「現実」をお伝えしよう。株式会社リクルートから、そこへ転出した人の話だから間違い ない。大手企業の名前を聞いて驚いたが、何と若手社員に対し「指示されたことを巧みに こなし実績をあげれば十分。妙な問題意識を持つ必要はない」というのだ。「面白いアイデ ィアはないか」と問うチャレンジ精神がベースのリクルートとでは180度異なるため、 その人は、とまどったそうで、いま、その企業文化を変えるためチャレンジ中、という。この大手企業に、人を動かす組織運営策を聞いてみる必要があるが、たぶんコアビジネ スに自信を持っているのだろう。とはいえ、若者に対してイノベーションを促す『出る杭 は打たれろ』式のチャレンジを求めず、組織のカラーに染め上げる発想は理解しがたい。 デジタル革命対応に限らず、好奇心旺盛な人材づくりは企業にプラスのはずなのに。

目先の利益確保や株価対策では限界

以前、企業の幹部の方々と企業経営の在り方をめぐって議論交流したことがある。結論から先に申し上げよう。どの企業も、時代を画する新たなイノベーションによって 企業価値を高めたい、と思っていることは間違いない。しかし「巨大装置産業」の話のよ うに、企業組織が肥大化していくと、企業リーダーは、大きなリスクをとれば組織にひび 割れを起こし経営基盤が揺るぎかねないと、安全運転経営に終始する、というのだ。そればかりでない。ある企業幹部は「経営者にとっては連結ベースの売上高、経常利益 とも一定水準以上に維持するのが至上命題。それがうまくいかないと東芝経営陣が陥った 粉飾まがいの経営数字づくりに動く。さらには利益剰余金を貯め込むことに躍起となり、 投資に回すよりも自社株買いで株価押し上げにつぎ込むケースもある」という。多くの企 業がすべてこうだとは思わないが、重い経営任務を背負う企業リーダーが保身あるいは安 全運転経営に走っていては、とてもデジタル革命対処どころではない、といえる。

日清紡社長の新入社員への強烈な訓示

私の友人から聞いた「すごい話」を紹介しよう。その友人の親戚が1960年代に日清 紡に入社した際、当時の桜田武社長が新入社員への訓示で「君たちは、花形産業の紡績会 社に入ったと思っているだろうが、この業界は間違いなく衰退する。従って、君たちがこ れからやらねばならないことは、日清紡という会社をいかにして紡績業から脱出させるかだ」と述べ、度肝を抜かれた、という。

その日清紡はいま、東京証券取引所での産業分類は繊維ではなく電機だ。エレクトロニ クス事業と自動車のブレーキ事業が売上高の70%を占めるからだ。デジタル革命を予見 して化粧品や医薬品で「第2の創業」を実現した富士フイルムと同じ足取りだ。

時代の先を見据えるカリスマリーダー?待望

この桜田社長は、財界リーダーの1人として、日本経済の戦後復興、高度成長へのかじ 取りをした人だ。当時の日清紡は、売上高の90%が繊維だったにもかかわらず、新入社 員への訓示で事業転換を公言するのは間違いなくすごい。時代の先を予見しており、リー ダーにふさわしい。なぜ、こうしたリーダーが輩出しなくなったのだろうか。事業転換を図って見事に危機乗り切りを実現した企業は、私の知る限り日立造船、安川 電機など、富士フイルムや日清紡以外にも、かなりある。それら個別企業にはすさまじい ドラマがあったことは間違いないが、傑出した、ある面でリーダーともいえる人たちがい たからこそ実現できた。やはり、安全運転経営ではとても危機乗り切りはおぼつかない。

「両利き」「ハイブリッド」経営にヒント

「企業経営の先行きを見るうえで参考になる」と長年の友人で、企業経営問題の専門家、 冨山和彦さんから勧められて読んだチャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン米 大学両教授共著の「両利きの経営」(東洋経済新報社刊)は確かに、興味深かった。両教授 と親交のある冨山さんは、翻訳本の末尾で「なぜ、圧倒的な顧客基盤と経営資源を有する ナンバーワン企業の多くが、時代の変化、とりわけ破壊的イノベーションの波に飲み込ま れ、はなはだしい衰退に追い込まれるのか?」と問題提起、そのカギは「既存事業を『深 化』して収益力、競争力をより強固にする経営と、イノベーションによる新たな成長機会 を『探索』しビジネスとしてモノにしていく経営の両方が求められる」という。これが『両 利きの経営』だが、冨山さんは『ハイブリッド経営』とも名付けている。富士フイルムの場合もそういえば同じだ。「第2の創業」事業とは別に、コアビジネスの 写真フィルム技術を深化させ、カメラに関しても若者向けインスタントカメラ「チェキ」 を開発しヒット商品にした。プロ野球の大谷選手の「両刀使い」的な経営だ。あらゆる企業が、こうした「課題」を抱えてチャレンジしており、真新しい話でない、 と言ってしまえば、それまでだ。しかし、この本を読む限り、日米双方の企業の現場で、 急速なデジタル革命への対応が迫られている、ということだけは間違いない。

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