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[時代刺激人]中国イノベーション都市深圳、日本が忘れていた成長への執着心などが随所に<牧野義司>

<時代刺激人コラム>第301回
2018年5月30日 経済ジャーナリスト 牧野 義司

中国イノベーション都市深圳、日本が忘れていた成長への執着心などが随所に
香港のすぐそばにある中国の新興都市、深圳は今や北京・中関村と並ぶ中国のシリコンバレーと言われるほど、大小のベンチャービジネスが主導するハイテク・イノベーションセンターとなりつつある。
私は最近、その興味深い深圳に、日本商工会議所の「深圳メイカーズ・スタディツアー」にジョインしてイノベーションの現場を歩き回るチャンスがあった。私自身、20数年ぶりの深圳訪問だったが、極めて刺激的、かつサプライズなことが多かった。そこで、3回にわたって深圳の動向、日本は何を学ぶかなどを短期集中的にレポートしてみよう。

日本はたかをくくっていたら、ひょっとすると中国にモノづくりで負ける?
結論から先に申し上げる。深圳には日本が長期デフレ経済に落ち込んで忘れてしまっていた経済成長への執着心、ハングリー精神、イノベーションに対するどん欲なまでの好奇心などが随所に感じられた。そうなると不思議なもので、経済全体に活気や勢いが出る。とくにIT企業を中心にデジタル社会でのイノベーションへの取り組み、端的には時代先取りのような無人コンビニなど社会実験ともいえる取り組みもあり、学ぶことが多かった。

ただ専門家に言わせると、深圳のイノベーションは、インターネットをベースにしたビジネスモデルが主体。コア技術の面ではまだまだ先進国追随で、課題が多い、という。とはいえ日本がモノづくりの面で基礎技術を軸に技術開発力、品質管理力などの強みを持っており中国に凌駕されることはないと、たかをくくっていたら、どん欲なまでの好奇心に圧倒され、ひょっとすると負けるかもしれない、と思ったほどだ。

南山ハイテクパークにベンチャー企業が集中、ヨコ連携のエコシステムがフル稼働
すごいなと感じた例を挙げよう。深圳・南山地区のハイテクソフトウエア・パークがその一つだ。高層ビルが林立しIT企業のTENCENT(テンセント)などの巨大企業からベンチャー企業までが密集していた。ある高層ビル前で、入居企業名を書いたボードに驚いた。ハイテクベンチャーのスタートアップ(起業)をサポートするアクセラレーター、インキュベーターとすぐわかる企業が名前を連ね、ビルが丸ごとハイテクソフトウエア関係企業の相互交流かつ連携の場になっている。しかも近くに弁護士ビルがあり、ベンチャー企業向け法務サービス支援の弁護士事務所が数多く入居していた。ベンチャー企業やそれに関与の人材、技術が集積し、ヨコ連携を図るエコシステムがフル稼働している状況だ。

今回ツアーで案内役を担った地元のメイカーフェア深圳運営委員会メンバー、高須正和さんによると、そのハイテクパークは、深圳市政府が主導して土地開発を進めた。完成した2015年6月に高須さんがお披露目のメーカーズ祭りに行った際、あまりに新設ビルが多いため入居者があるのだろうか、いずれゴーストタウンになるのでないかと危惧した。ところが1年とたたないうちに、さまざまなベンチャー企業が続々と進出、清華大学なども大学研究院やR&Dセンターづくりに乗り出し、あっという間に南山地区自体がイノベーションの中核センターとして大化けし、今や深圳の中核地域になった、という。

中央政府の「大衆創業・万衆創新」が弾み、深圳市政府の「孔雀計画」などがすごい
中国関係者によると、李克強中国首相が2014年9月の天津・世界経済フォーラムで「大衆創業・万衆創新(大衆の起業・万民のイノベーション)」を、と方針表明したことが中国経済のイノベーションに弾みをつけた。しかし深圳市政府は、その数年前から、さまざまなプロジェクト展開をしていた。ハイテクパークもその1つで、市政府は当時、大胆に独自の補助金を使いベンチャー支援策を打ち出した。民間も積極的に呼応したという。

そのベンチャー支援策が際立つ。興味深いのは孔雀計画という高度専門人材、グローバル人材などの誘致策だ。ノーベル賞受賞者ら優秀人材には最高1人あたり研究補助700万元(円換算1億2000万円)を支払ったほか、海亀組と言われる海外留学中の優れもの技術者らの積極誘致に乗り出した。すでにかなりの人材を招き入れている、という。
このほか、調べてみたら新世代情報技術(5G)、人工知能(AI)、医療、ライフサイエンス、ロボット、電気自動車、ウエアラブル端末、ドローンなどの技術開発型ベンチャー企業にはとくに積極支援する、といった内容だった。

ベンチャー企業の法人税収増や若い人口構成で市財政に余力、中国他市にない強み
その中国関係者から興味深い話を聞いた。深圳は、スタンフォード大がそばにある米国シリコンバレー、北京大や清華大のある北京・中関村と違って、イノベーションを生み出す技術研究基盤が弱い。そこで、深圳市当局は人材確保の孔雀計画を考えつくと同時に、ベンチャー企業支援については、日本流にいう「カネは出すが、口は出さない」姿勢。極めつけは、深圳市が持つ独自の財源を活用し大胆に政策目的の補助金を出した、という。

それを可能にする理由を聞いて驚いた。深圳市人口1190万人の平均年齢が32.5歳という若手中心の人口構成で、子供や高齢者が極めて少ないため、社会保障関連の財政負担を強いられる必要がない、しかもアグレッシブなベンチャー企業が多いため、法人税収がケタ外れに多いことがプラスに作用し、イノベーション対策に回せる財政資金が潤沢なのだ、という。同じ中国内でこれほど特異なプラス材料を持つ行政機関はない。

中央政治権力から遠く離れ自由度高い、「移民都市」で既得権益と無縁もプラスに
これらは深圳市の特殊な歴史に起因するのは間違いない。40年前に改革開放路線を打ち出した当時のトップリーダー、鄧小平氏の指示で、深圳市は1979年に経済特区指定され、国の開発支援を受けて輸出向け電子製品組み立て型産業が集積する「世界の工場」となった。その後、2009年の世界経済を揺るがしたリーマンショックで一時、苦境に立つが、イノベーションセンターとして独自に立ち直った。

その深圳市の強みは、中国国内でも珍しい「移民都市」という点だ。人口3万人程度の漁村が、今や人口1190万人の巨大都市になった。都市戸籍を持つ常住人口が385万人、農村からの出稼ぎ者など雇用を求めて流入する非戸籍常住人口が805万人と聞いたが、いずれも本籍・深圳は少なく、ほぼすべてが中国の他地区からの移民だ。
別の中国関係者は「共産党の指導があるとはいえ、移民人口が生み出す活力は大きい。権力志向の強い北京中央政府から距離的に遠い南方地域にあったこと、改革開放モデル地区として自由度を与えられたこと、既得権益勢力がはびこる余地がなかったことがプラスに働いた。だからイノベーションに対し貪欲にチャレンジが可能になる」と述べている。

深圳でユニコーン企業が続出、新規の起業数や国際特許出願数の突出が驚き
広州、深圳のイノベーション企業をウオッチするジェトロ広州事務所長の天野真也さんによるとTENCENT、HUAWEI、DJI、MAKEBLOCK、BYDなどITやハイテクの企業を中心に、スタートアップして一気に企業価値10憶ドル(円換算1000億円)で非上場のベンチャー企業と言われるユニコーン企業が続出、中には中国国内よりも世界でビジネス展開している。特にDJIはドローン開発企業で、世界市場シェアが70%を超す。
TENCENT(テンセント)など巨大企業は新たなビジネスチャンスの芽を探し出すため、ハイテクパークのベンチャー企業に率先して専門人材を派遣し、事業化のメドがつけばM&A(企業の買収・統合)を行い、傘下に収める。ベンチャー企業側も、これら大企業の支援狙いで、ハイテクパークに積極参加する。まさにWIN/WIN狙いだ。

また、中国国際特許出願件数の大半が深圳のIT企業やハイテクベンチャー企業に集中している。2016年時点でその46.5%が深圳企業、その半数が南山ハイテクパーク企業だった。しかも深圳スタートアップの新規起業数は同じく2016年時点で前年比28.9%増の38万6700社だった、という。天野さんは「深圳には勢いがある。特区設立30周年時の市政府『深圳10大思想』では『イノベーションを奨励、失敗に寛容に』『世界の先頭になることを恐れない』などを打ち出し、イノベーション意欲が強い」と語る。

日本がデフレ脱却もできず低空飛行を続ける中で、深圳の勢いに学ぶことは多い
私が深圳の現場を歩いても、間違いなく勢いがある。それに比べて、冒頭に述べたとおり、日本はデフレの長いトンネルを手探りで歩いているうちに、いつのまにか内向き、下向き、後ろ向きになってしまい、経済成長への執着心、ハングリー精神、イノベーションへのどん欲なまでの好奇心がどこかに行ってしまった。しかもデフレ脱却ができずに低空飛行を続けているのだから、何ともいら立ちを隠しきれない。

話が少し横道にそれてしまうが、早大政経学部・深川由紀子教授に数年前にお会いした際のことを思い出す。深川教授は「私のゼミの20歳の学生たちを見ていて、なぜ経済成長への執着心がなくなったのかと考えたら、彼らは生まれた時から日本経済がデフレ下にあり、ゼロ成長かマイナス成長が当たり前。執着心のなさを議論する前に、彼らには高成長時代の経験がないので、その彼らを問題視することはできない、と思った。要は、デフレ経済を長く放置した政治家や企業の責任が大きいことにハッと気が付いた」という。

その点でいくと、中国・深圳は改革開放の洗礼を受けて、漁村から経済特区として輸出加工区に踏み出し、その後、リーマンショックなどの厳しい時代を乗り越えて、現在の先端的なイノベーション都市に踏み出した。日本がデフレ脱却できないまま、いまだに課題を背負うのとは対照的に、リーマンショック時のハンディを克服しさまざまなチャレンジに取り組んでいるのだから、日本としても学ぶところは多い、と言わざるを得ない。

深圳企業にまだいくつか課題、ネット通販などはすごいが、先端技術で日米依存も
では、深圳はすべて問題なしで、順風満帆の動きかといえば、もちろん、そうではない。アジア経済研究所の中国人研究者の丁可さんは、ここまで述べてきた深圳のハイテクイノベーションの動き、とくにハイテクベンチャー企業が起業後、ユニコーン企業に大化けしていく動きなどの特異点を指摘しながらも、問題点や克服課題を明らかにしている。

丁可さんによると、深圳の成功企業のTENCENTなどは、インターネットにもとづいたビジネスモデルのイノベーションが主流で、コア技術やキーコンポーネントに関しては、先進国企業、とくに日米企業の先端技術への依存状況は変わっていない。基礎研究は精華大学などで急速に進展し、今後、企業との産学連携で企業成長に活かせるものも出てくるかもしれないが、大学の現場の研究もまだ先進国の研究を追随するところが多く課題も多い。産学連携もまだまだ不十分だ」と述べている。

そこで、次回以降のコラムで、深圳の現場のイノベーションを促すヨコ連携のエコシステムなどの動き、さらに日本のモノづくり企業が何を学ぶべきかなどを述べよう。

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